プランB No.33 2011.6
特集:原発震災・農業・TPP反対
すべてが現場の活動家による。抵抗・打倒型の活動の限界、労働者の個人意識の位置づけ、ユニオン活動の展望、労組活動の中の女性差別……を切開する
ISBN978-4-904350-83-6 C0336 |
Plan B No.33 目次 |
〈脱原発移行期〉の政治課題は何か
村岡 到
●一挙的に進展することはないだろうが、今や〈脱原発〉は不可逆な動向である。事態の急展開に驚く。3・11の衝撃はかくも巨大なのである。「一つになろう日本」なる空疎な宣伝とは逆に、まさに〈脱原発〉か否かをめぐって国論は二分され、大勢は「脱原発」となる。 1頁
東日本大震災の農業被害の実態と課題
矢崎栄司
●土壌が水で洗われると作物の生育に必要な肥料成分や有益な土壌微生物も洗い流されるので、以前のように作物栽培ができる農地に戻すには10年はかかるだろう。そこで、被災農業者に農業再開ができるまでの収入補填金を払い、移住先で、長年培ってきた農業技術や知識、経験を生かして働いてもらう場を提供したり、遊休農地・耕作放棄地を解消するための仕事を依頼したりするなど有効な活用を考えたらどうだろう。 5頁
TPP反対運動の広がり
中村 剛
●農水省の試算では、農林水産物の生産減少額は4・5兆円、関連産業を含めるとGDPの減少額は約8兆円となり、また、食糧自給率も現在の40%から13%へ減少すると予測している。 11頁
41の道府県議会と1000を超える市町村議会で、TPPへの「参加に反対」または「慎重な対応を求める」意見書が採択されている。13頁
これからの未来を担う世代が、平和活動や社会問題に積極的に関わらないのはなぜなのか?
マイクロクレジットとソーシャル・ビジネス
日下部尚徳
●バングラデシュの多くのNGOが活動の中心にマイクロクレジットを位置づけ、グラミン・グループや大手NGOが様々な分野でソーシャル・ビジネスを展開している。資金繰りに悩まされない……ソーシャルビジネスが、民間開発セクターで「ブーム」となるのは、自然の流れであった。/今後はソーシャル・ビジネスを実施する企業をモニタリングする仕組みを構築する必要がある。 48~49頁。
新作映画を中国・雲南省で上映して
早川由美子
●そこで私は思いついた。いささか強引な結論付けではあるが、「平和な世の中は、家賃のほとんどかからない社会によって実現する!」、と。 29頁
疲弊しきった勤労者たちは、政治や社会問題に無頓着となってしまい、為政者の思うがままの状態となっている。 35頁
現代日本の司法官僚制
西川伸一
●弁護士出身の最高裁裁判官はリベラルで、裁判官出身者と検察官出身者は保守的だというステレオタイプの色分けは、もはや変わりつつあります。最高裁裁判官全員がいまや戦後教育を受けた世代となったことが大きいのではないでしょうか。もちろん、それ以前に、出身が行動を決めるわけではありません。 42頁
書評 吉井英勝:著『原発抜き・地域再生の温暖化対策へ
吉井英勝
原発抜き・地域再生の温暖化対策へ
新日本出版社、2010年、定価1680円(税込
「地域経済」軸に脱原発を国会で主張
著者の吉井英勝氏は、日本共産党の衆議院議員。参院議員も含めて1988年から国会議員として闘っている。大学時代の専攻が原子核工学という核問題の専門家でもある。
結論を先に言うと、吉井氏のような国会議員が存在することに大いなる誇りを感じる。この著作は昨年9月に刊行された。「機器冷却系が働かなくなることによる」「恐ろしい炉心溶融事故」を警告していた。まるで3・11を予言していたかのようである。
目次を一見すれば分かるように、本書は、原発問題について、「原発利益共同体」の告発を初め余すところなく解き明かしている。
吉井氏は、ただ原発の危険性を抽象的に強調するだけはなく、「エネルギー供給と環境と地域経済は深く結びついたもの」という確たる視点に立脚して説いている。そして、全ての論述が数値をあげて説かれている。書名にも明示されているこの視点に深く学ばなくてはならない。××反対ではなく創造こそが求められているからである。
吉井氏は、「石油化学工場の爆発火災の真っ只中〔大阪府議時代〕や、中性子の飛び交う臨海事故現場へ調査にかけつける」。この実践的な姿勢が際だっている。国会議員の立場がフルに活かされている。この20年間に国会議員の数は四桁に及ぶであろうが、原発事故に立ち会い、問題を追及した議員はどれだけいたのであろうか。脱原発運動のなかでは、社会党系の原水禁のほうが、共産党系の原水協よりも熱心であったことや、「核エネルギーの平和利用」をめぐる論争もあり、共産党の影は薄いのが実状であるが、時の政府を鋭く追及する吉井氏の国会論戦を公平に認識する必要がある。
吉井氏の基本的な立場は、第4章のタイトル「環境・安全優先を基本とする自立したエネルギーへ──温暖化対策、地域経済再生に向けて」に表示されている。その最初は「原発からの段階的撤退」である。「震源域の真上に建設されている」浜岡原発は即時停止・廃炉すべきであるが、54基の全ての原発を即時停止することは現実的とは言えない。吉井氏は自らの主張として「脱原発」とは書かないが、「原発依存からの脱却」と明示し、「ヨーロッパは原発からの撤退が主流」という項目では、「ドイツやベルギー、スウェーデン、などヨーロッパ各国で『脱原発法』が成立し」たことを紹介している。
吉井氏は、「原子力の平和利用は、どんな事態が生じても放射能汚染や放射性物質の放出をもたらさない安全技術の水準の枠の中での研究開発にとどめるべきです」と提言している。これでは生ぬるいという批判を招きそうであるが、厳密にこの立場を貫けば、人類の今日の段階では、吉井氏が明確に強調しているように「未完成の技術」である原発の実用化には反対するほかない。
吉井氏は、「地球温暖化対策には原発でなく再生可能エネルギー」の「爆発的普及を進める」と強調している。反原発論者の中には、「地球温暖化」はまやかしであるとする意見もあるし、今後おおきな分岐点になるだろう。原水禁はもっと明確に「脱原発・脱化石燃料」と明確にしている。なお、普通には「再生可能エネルギー」という言葉と「自然エネルギー」という言葉が好みに応じて使用されている(本書でも最終頁に出てくる)が、後者のほうが適切ではないか。
最後に一言。省エネルギーと生活スタイルの変革にぜひ言及してほしかった。(村岡 到/『プランB』編集長)
書評 高木仁三郎:著『市民科学者として生きる』/『原発事故はなぜくりかえすのか』
高木仁三郎
市民科学者として生きる
岩波書店、1999年 定価861円(税込)
原発事故はなぜくりかえすのか
岩波書店、2000年 定価735円(税込)
〈脱原発〉の思想的先駆者
〈脱原発〉の先駆者・高木仁三郎は『市民科学者として生きる』を1999年に癌との闘病で入院中に書き上げた。一年後に高木は62歳で没した。書名の通りに「市民科学者として生きる」を見事に貫いた。
いくつも教えられることがあり、高木の真摯な生き方に深く共感した。「脱原発」と定款に明記する原子力資料情報室(75年)や「オルターナティブな科学者を育てるための高木学校」(98年)を創設し、それらは脱原発運動の重要な拠点となっている。
〈脱原発〉という言葉について、次のように説明している。
「世の中には反原発と脱原発という言葉の違いにすごく拘泥する人がいるが、私は概してその種の言葉遣いにはこだわらない」
「脱原発という言葉は、〔1986年の〕チェルノブイリ以降ドイツでさかんに使われるようになった Aussting というドイツ語に由来するもので、Aussting とは、日常用語では電車やバスなどから降りることである。今我々の乗っている原発社会という乗物から降りようという表現で、ただ反原発というより、現実社会ではむしろより積極的な意味をもつかもしれない」。
本書では、高木と原子力資料情報室に加えられたさまざまな「嫌がらせ」=妨害が明らかにされている。(95年に刊行された『脱原発の20年』には、「通信」の総索引に「言論の不自由」とあるだけで内容は一切記述されていない)。ぜひ記録・記憶されるべき重大事である。
宮沢賢治に傾倒していることも知った。
科学者の役割に関して、物理学の「権威」武谷三男を面前で鋭く批判する場面が特に印象的だ。この場での水戸巌の忠言にも触れている。権威に屈するようでは〈市民科学者〉にはなれない。
「原子力賛成・反対を唯一の基準に、人の価値を評価したり、運動を評価したりする人に多く出会う。ノノいずれにせよ、そのような『唯原発主義』のようなものを、私は好まない」とも書いている。重く受け止めるべき言葉である。
闘病中に友人がプレゼントしたという安楽寺の住職の「書・本気」(221頁)が、「お前はどうなんだ」と胸に突き刺さる。
『原発事故はなぜくりかえすのか』は2000年の夏に高木が癌闘病中の病床で「死期を意識しつつ最後の力をふりしぼって録音テープを残」したものを岩波新書編集部が整理したものである。前年9月に起きたJCOの臨界事故のただならぬ状況が高木に執筆を促した。本書の刊行を見ることなく、高木は帰らぬ人となった。
「1 議論なし、批判なし、思想なし」は、1950年代に日本に原発が導入されるころの原発研究者や関係者のありさまを自分の体験を通して批判している。事は原発関係者に限らず、広く日本人全体の萎縮した精神構造を鋭くえぐり出している。「長いものには巻かれろ」の軟弱な姿勢である。
どの章も深く学ぶべき分析・提言に満ちているが、「7 技術者像の変貌」で技術者が現場と直接に触れあうことなく「バーチャルな世界」で「実験」と思索を重ねることの意味──危険性を問うている点は、極めて重要な問題提起である。パソコンのボードをワンタッチするだけで、何でも「リセット」できる時代の恐ろしさ──〈事実〉の希薄化である。「5 自己検証のなさ」「6 隠蔽から改ざんへ」も重要である。
二つの著作を紹介する無理を犯したので、削り落とした要点もあるが、『原発事故はなぜ』のほうが鋭く必読である。 (村岡 到/『プランB』編集長)
プランB No.43
終刊号:閉塞時代を打ち破る代案を!
プランB No.42
特集:農業の未来を探る
プランB No.41
特集:資本主導の近代化が抹殺したもの
プランB No.40
特集:ウィリアム・モリスをどう捉えるか
プランB No.39
特集:親鸞・共同体・真理
プランB No.38
特集:宗教と社会主義
プランB No.37
特集:脱原発運動の質的深化のために
プランB No.36
特集:編集委員と読者の提言
プランB No.35
論文号
プランB No.34
特集:脱原発移行期の課題
プランB No.33
特集:原発震災・農業・TPP反対
プランB No.32
特集:司法改革の課題
プランB No.31
特集:転機に直面する労働組合活動